総評★★☆☆☆
新聞社発行のためか、非常に読みやすかった。
大河内清輝君事件を中心に、いじめの現状、学校の対応、まわりの反応、諸外国の状況、読者からの声などを紹介している。
調べた内容だけでなく、その過程も書かれていてよかった。
私が注目したのは以下の部分。
故大河内清輝君のいじめ事件の対策
西尾市教育委員会
(中略)
9.いじめに関する議論は、いじめに遭った被害者を中核にすえた検討でなければならない。
10.加害者についは警察の調査を待つ必要がある。人権問題のこともあるが、社会で許されない行為は子どもに対しても許されないとの認識に立つべきという考えを持っている。
(P.95-97)
「学校には『いじめはいけない』という毅然とした態度がなく、逃げの一手。これではいじめはなくせない。私立なら大丈夫と思った私がばかだった。」と父親は自らの”お入学”幻想を悔やむ。
母親はこの私立学校の制服を着た子供を街で見るたび、やりきれない気持ちに駆られる。「加害者が残っているのに、なぜ被害者が辞めなくてはならないのでしょうか。こんな理不尽なことがあっていいのでしょうか」
(P.130)
「いじめが遊びやストレス発散になっている。『あいつは協調性がない』などという大義名分が子供の世界では妙に説得力があったりして、まるで罪悪感がないのが今のいじめの特徴です」
(P.139)
上記以外にも気になった点は多々ある。
生徒にはっきりものを言えないお嬢様教師が多くて困るだとか、ドイツでは能力別にクラスを分けてその子の得意な面を伸ばすだとか、参考になることが非常に多い。
よく取材し調査してある。
今のいじめ対策は被害者中心である。
どんなひどいいじめをしても、加害者が出席停止になったり転校したりすることはまずない。
被害者は学校から逃げ出さねばならないのに、加害者はプライバシー保護の下堂々と学校に通えるのである。
これでは「弱気を挫き、強きを助ける」である。
また、学校や教師を責める声も多いようだが、これ以上学校に何を望むのか。
教師はスーパーマンではない。
一クラス40人の本音全てが分かるなどということはありえない。
ちょっと成績がよくって、大学で教育学をかじり、4週間教育実習を受けただけの凡人なのである。
いきなり40人の面倒を見ろといっても無理がある。
どの企業だって、入ったばかりの新人に一人前のことを求めたりしないだろう。
そのため教師になる前に小学校などでボランティアをするべきと唱える者もいるが、そんなのは大学時代に経験したインターンシップと同じようなものである。
大して役にはたたない。
大事なのは、教師になってから相談できる相手をつくることである。
自分のクラスで起こった問題は自分で解決するといわれているようだが、上司に相談できる環境をつくるべきだ。
定年引退した教師が相談にのってもいい。
とにかく、教師を特別な存在として考えないことが必要であるように思う。